この照らす日月の下は……
56
ラスティが起き上がれるようになった。その事実がアスラン達の中に少しだけ安堵を産む。
「一機、地球軍の手に残ったのは惜しいが……あいつが生きている方が重要だしな」
そう言ったのはディアッカだ。
「それにしても地球軍目。自分たちが逃げ出すためにプラントを破壊するとは……」
「全くだ。あの子達が無事でいてくれればいいんだが」
「ラスティが生きているのは彼女たちのおかげだからな」
イザークとともにそう言ってうなずき合う。
「どういうこと?」
意識がなかったからか。初めて聞いたとつぶやきながらラスティが問いかけてくる。
「お前が撃たれた後、近くのシェルターに医療機器を求めて行ったんだよ。たまたまそこにコーディネイターがいてくれたから、戦闘も何もなく医薬品その他を入手できたというわけだ」
それがなければ彼の命は帰還まで保たなかっただろう。イザークはそう告げる。
「ナチュラルも一緒にいたが、誰も反対はしなかったな」
怖がられてはいたが、とディアッカもうなずく。
「オーブの教育はしっかりと根付いているようですね」
今までの話を聞いてニコルが微笑む。
「どこまで徹底しているのかはわからないが、少なくともあの子達の周囲はそうなんだろうな」
悪いことではないだろう、とイザークは言う。基本的に彼はナチュラルを信じていないのだ。それでも時々こんな出会いがあるから憎むところまでは行っていないのだろう。
「どんな連中だったんだ? 容姿のヒントぐらいはないと礼をするのも難しいだろうし」
ラスティがそう問いかける。
「はっきり言ってナチュラルの方はあまり覚えていない。キャンキャン叫ぶ赤毛の女がいたぐらいだな」
「茶色の髪の女の子も板だろう。男は……平凡なのが二人だな。一人は眼鏡をかけていたか」
「女性の方が印象深いのは、やはりイザーク達も男だと言うことでしょうか」
あれこれと思い出しながら口にする二人に向かってニコルがさりげなく毒を吐く。もっとも、当人達の耳には届いていないようだ。
「で、肝心の二人だが確かカナードとキラとか言ってたな」
アスランは今まで余裕を持って彼等の話に耳を傾けることが出来ていた。しかし、ディアッカの口から出た名前にそれも吹き飛ぶ。
「キラとカナード?」
あの二人なのか。そう思いながら今聞いたばかりの名前を唇に乗せる。
「知っているのですか?」
「俺は幼年学校時代は月にいたからな」
ニコルの問いかけにそう答えた。
「そこで出会った幼なじみがキラで、その従兄弟がカナードという名前だった」
もっとも偶然かもしれないが、と自分に言い聞かせるように付け加える。
「だそうですが、イザーク」
「どうだろうな。あの二人が血縁関係にあるのは間違いなかっただろうが」
「俺には姫とそれを守る岸に見えたけどな、あの二人は」
珍しくもイザークの言葉にディアッカが異論を唱えた。
「姫と騎士? って事は一人は女の子か?」
「キラちゃんがな。きれいな瞳の女の子だったぞ」
反射的に問いかけるラスティにディアッカが笑いながら言葉を返す。
「確かに」
それは否定できない、とイザークもうなずいている。
「しかも、あの二人はサハクの縁者らしいな。あるいは、あの二人のうちどちらかがサハクの後継の親になるのかもしれない」
「……っていうか、あの二人が結婚するという可能性もあるだろう?」
「どうだろうな。二人ともよく似た紫の瞳をしていた以上、予想以上に血が近いのかもしれないぞ」
二人がこんな会話を交わしている。さらにあれこれと続けられているが、アスランの耳を通り過ぎていくだけだ。
アスランのキラもきれいな紫の瞳をしていた。
そういえば、自分はキラと一緒に風呂に入ったことはない。月ではプラント以上に水が貴重なのか。プールのような施設もなかった。
だから、自分自身でキラの性別を確認したことはない。
ひょっとしたら、何か事情があってキラは性別を隠していたのではないか。
どうにかして確かめなければいけないだろう。そして、もし彼等が言っている少女が自分のキラだったならば、その時は……と心の中でつぶやく。
問題はどうやってそれを確認するか、だ。
「母さんが生きていればなんとかなったのかもしれないが……」
自分はキラ達の連絡先を知らない。レノアは知っていた可能性はあるが、彼女はもうこの世にはいない。
それでもなんとかしなければ、キラを誰かにとられてしまう。
なんとしてもそれだけは避けなければいけない。アスランは無意識のうちに指を握りしめていた。